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Kunstbewegungen & Stile

抽象絵画とは?カンディンスキーとモンドリアン

抽象絵画は、ただ「何が描いてあるかわからない絵」ではありません。狭い意味では1910年代ごろに成立した新しい絵画の形式であり、広い意味では対象をそのまま写すだけでは届かない感覚や秩序を、色と形そのもので探ろうとした歴史の流れでもあります。

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抽象絵画とは?カンディンスキーとモンドリアン

Aktualisiert: 美の回廊編集部
contemporary-art-guide現代アート入門|「わからない」から楽しむ方法

抽象絵画は、ただ「何が描いてあるかわからない絵」ではありません。
狭い意味では1910年代ごろに成立した新しい絵画の形式であり、広い意味では対象をそのまま写すだけでは届かない感覚や秩序を、色と形そのもので探ろうとした歴史の流れでもあります。
この記事は、展覧会で抽象画の前に立つたび戸惑ってきた人に向けて、その入口を定義と歴史から順にひらきます。

中心になるのは、カンディンスキーの有機的で音楽的な抽象と、モンドリアンの水平・垂直・三原色による幾何学的な抽象です。
展示室でモンドリアンの作品に向き合うと、色面と黒い線の張りつめた関係が視線を横へ走らせ、次の瞬間には縦へ引き戻してくる。
その感覚を、色彩・形態・構図という見方の軸で言葉にしていきます。

あわせて、抽象絵画の「創始者」を一人に決める語り方が今は通用しないことも押さえます。
ヒルマ・アフ・クリントやマレーヴィチまで含めて見取り図をつくれば、抽象絵画は急に近寄りがたいものではなくなり、展覧会の前に持っていける実践的な見方へと変わります。

抽象絵画とは?まず定義を整理する

広義と狭義の2つの抽象

抽象絵画という言葉は、実は二つの層で使われています。
ひとつは広義の抽象で、見えている対象をそのまま写すのではなく、形を単純化したり、細部を省いたり、強調したい要素だけを取り出したりする表現全般です。
たとえば木を描くときに枝葉の細密な再現をやめ、縦の幹と広がるリズムだけに絞るなら、それはすでに抽象化です。
ピート・モンドリアン(Piet Mondrian)が木の連作で自然の形を段階的に整理していった流れは、この広義の抽象を考えるうえでわかりやすい例になります。

もうひとつは狭義の抽象で、1910年代ごろに成立した、対象の再現から大きく離れた新しい絵画のあり方を指します。
ここでは「何が描かれているか」よりも、「色・形・線・面がどう配置され、どう関係し、どう響き合うか」が前面に出ます。
ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)やモンドリアンが中心人物として語られるのはこの文脈です。
ただし、誰を「最初の人」と呼ぶかは一枚岩ではなく、ヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint)の1906年からの仕事を含めて見直す視点も欠かせません。

この二層を分けておくと、抽象画を「写実の反対」とだけ理解せずに済みます。
具象画との違いは、単に対象が消えることではありません。
見る側の焦点が、「何を描いたか」から「どう組み立てたか」へ移ることにあります。
リンゴや木や人物が手がかりになる絵では、まず主題を読み取ります。
抽象画では、赤がどこで止まり、黒い線がどこで切り、丸と四角がどう緊張しているか、といった関係そのものが主題になります。

ここでひとつ切り分けておきたいのが、抽象画と抽象表現主義は同じではないという点です。
前者は広い概念で、1910年代前後の初期抽象から幾何学的抽象、戦後以降の多様な展開まで含みます。
後者は戦後アメリカを中心とした特定の運動名です。
言葉が似ているため混ざりやすいのですが、歴史的にも射程が異なります。

このセクションで押さえたい芯はシンプルです。
抽象には、対象を省略して本質を取り出す意味と、対象への参照自体を外して色や形の関係を前景化する意味がある。
読者がこの二つを自分の言葉で言い分けられれば、抽象画の入口はもう曖昧ではありません。

非対象・無対象という言い方

狭義の抽象を語るときには、非対象(客体の参照を持たない)や無対象(日本語圏で広く使われてきた呼び方)という言葉も出てきます。
どちらも、絵の中の形や色が外部の物や人物を指し示していない状態を表すための語です。
赤い円が太陽、青い帯が川、黒い塊が山、という対応関係を前提にしない。
画面の要素が、それ自体の関係として存在しているときに、この言い方が必要になります。

ただし、ここでも線引きは機械的ではありません。
カンディンスキーは抽象絵画の先駆者として語られますが、常に「見えるものを捨て去る」ことだけを目的にしたわけではありませんでした。
1911年の芸術における精神的なもの、1926年の点・線から面へでもわかる通り、彼が追っていたのは色や線がもつ内的な力、そして画面全体の精神的な緊張です。

展示室でカンディンスキーの画面に向き合うと、このことがよくわかります。
近くでは三角形めいた形、斜めに走る線、断片的な記号のようなものが目に入りますが、数歩離れて全体を見ると、個々の形の名前は急に後ろへ退きます。
その代わり、青の広がりに黄がぶつかり、黒がリズムの節をつくり、色面どうしの「響き」が立ち上がってきます。
何が描いてあるのかを当てる態度では、この瞬間はつかめません。
非対象という語は、その鑑賞経験を説明するための言葉でもあります。

一方で、モンドリアンの抽象は別の方向から非対象へ近づきます。
自然の形を少しずつ整理し、水平線と垂直線、三原色と無彩色へと絞り込み、秩序と均衡の問題に置き換えていく。
ここでは、対象を失うことが混沌ではなく、むしろ構成のルールを明瞭にする契機になっています。
デ・ステイルが創刊された1917年以後、その理論化はさらに進み、新造形主義として結晶します。

先駆者の整理でも、この用語は役に立ちます。
ヒルマ・アフ・クリントは1906年から抽象絵画群を描き始め、1907年の〈10の最大物〉のような高さ3メートル超の大作では、象徴的な形態が画面いっぱいに展開されます。
そこには植物を思わせるカーブや幾何学的な構造が同居しますが、単純に「何を描いたか」に回収しにくい。
だからこそ、抽象と非対象の間にある豊かな揺れ幅を見逃さずに済みます。

抽象画を見る3つの基礎視点

抽象画を見るときは、次の三つの視点をこの順で使うと関係性が把握しやすい:色、形・線、構図とリズム。

  1. 色を見る

まず注目したいのは、どんな色が主導権を握っているかです。
暖色が前へ出て、寒色が奥へ沈むのか。
限られた色だけで緊張をつくっているのか、多彩な色で旋律のような流れをつくっているのか。
カンディンスキーなら色どうしの衝突と共鳴が前景に立ち、モンドリアンなら赤・青・黄と白・黒の均衡が画面の骨格になります。
抽象画では色が「物の色」ではなく、構成要素そのものとして働きます。

  1. 形と線を見る

次に、丸・四角・斜線・曲線がどんな性格で置かれているかを追います。
柔らかく流れる線が多いのか、切断するような直線が支配するのか。
その違いだけでも作品の気配は変わります。
カンディンスキーの有機的で流動的な線は、音楽のフレーズのように画面を横断します。
対してモンドリアンの水平・垂直は、感情の噴出というより秩序の構築として働きます。
同じ抽象でも、線の振る舞いが世界観を分けています。

  1. 構図とリズムを見る

個々の要素より少し離れて、画面全体の呼吸をつかむ視点です。
視線がどこから入り、どこで止まり、どこへ運ばれるのか。
密集と余白はどう配分されているのか。
この見方に切り替えると、抽象画は「意味不明な形の集まり」ではなく、視線を導く設計として見えてきます。
実際、カンディンスキーの作品は近くで細部を追うより、少し距離を取り、全体のうねりを受け取ったときに急に腑に落ちることがあります。
個々のパーツの名前はわからなくても、画面全体が一つの楽曲のようにまとまって感じられるからです。

💡 Tip

抽象画は、近くで形を追う時間と、少し下がって全体の関係を見る時間で印象が入れ替わります。最初の数分で色とリズムをつかみ、そのあとに線や配置の理由を追うと、見え方が分かれて立ち上がります。

この三つの視点は、広義の抽象にも狭義の抽象にもそのまま使えます。
対象の省略としての抽象では、「どこを削って何を残したか」が見えてきます。
非対象の抽象では、「何を指しているか」ではなく「何がどう響いているか」がつかめます。
抽象画がわからないという感覚は、情報が足りないというより、見るための焦点がまだ定まっていない状態に近いのです。

なぜ20世紀初頭に抽象絵画が生まれたのか

技術と社会の変化

抽象絵画が20世紀初頭に生まれた背景には、絵画の内部だけでは説明しきれない同時代の変化がありました。
写真がすでに現実の外見を精密にとらえ、印刷技術の発達でイメージが広く複製され、都市では看板、新聞、ポスター、交通網の速度が視覚経験そのものを変えていきます。
画家が「見たままを写すこと」を絵画の中心課題として抱え続ける理由は、19世紀後半から少しずつ弱まっていました。
現実をそのまま再現する役割の一部を写真が担うようになると、絵画はむしろ、肉眼のゆらぎ、時間の流れ、感覚の断片、内面の震えをどう形にするかへ向かいます。

その変化は展示室を歩くと身体でわかります。
印象派の部屋では、まず色の粒立ちに目が行きます。
光が水面でほどける様子や、空気の揺れが筆触の細かな集まりとして見えてくる。
そこからキュビスムの部屋へ入ると、視線は粒から面へ移り、壺やギターや人物がいくつもの角度から割り出された破片のように現れます。
さらに抽象の部屋へ進むと、今度は「これは何か」という問いより、線がどこで交差し、面がどう押し合い、色がどこで緊張をつくるかへ焦点が移ります。
見るという行為そのものが、対象認識から関係認識へ組み替えられていく感覚です。

都市化もこの変化を後押ししました。
新しい交通、電灯、機械、群衆、広告は、安定した一視点では捉えきれない世界を生みます。
科学の発展が見えない力や構造への関心を強めたことも、外形の再現から離れる一因でした。
抽象絵画は、単に「わかりにくい絵」を目指したのではなく、近代社会がもたらした断片化、速度、知覚の変化に応答した形式だったのです。

美術内部の流れ

抽象絵画は突然出現したものではなく、印象派以後の長い実験の延長にあります。
まず大きいのは、印象派とポスト印象派が写実の拘束を緩めたことです。
印象派は対象そのものより、光がどう見えるか、色がどう揺れるかを追いました。
絵画の関心は、ものの正確な輪郭から、見る体験の効果へ移ります。
ポスト印象派になると、その探求はさらに分岐し、セザンヌのように自然を円筒や球や円錐へと整理する方向も生まれます。
見えたものをそのまま写すより、見えるものの背後にある構造をどう組み立てるかが前に出てきたわけです。

この流れを一段押し進めたのがキュビスムでした。
対象を多視点でとらえ、形態を幾何学的に分解し、ひとつの画面に複数の見え方を重ねる。
ここではまだ壺や楽器や人物が手がかりとして残っていますが、絵画の中心はすでに対象そのものではなく、分解された面どうしの関係に移っています。
物は画面の中で一度ほどかれ、再構成される。
その操作が進むほど、対象への依存は薄くなり、抽象への扉が開きます。

もう一方で、表現主義は別の角度から写実を離れました。
こちらで起きたのは、外界の再現よりも感情や精神状態の可視化です。
色は現実の色から離れ、線は対象の輪郭をなぞるより、内面の緊張や不安を伝えるために使われます。
ワシリー・カンディンスキーが先駆者として位置づけられるのは、この表現主義的な内面化をさらに押し進め、色と線それ自体に精神的な力を託したからです。
彼が1911年に芸術における精神的なものを刊行したことは、抽象化が単なる形式遊びではなく、絵画の目的を組み替える試みだったことをよく示しています。

ピート・モンドリアンもまた、自然から一足飛びに抽象へ移ったわけではありません。
木の連作に見られるように、枝の広がりは次第に格子に近づき、自然の形態は水平線と垂直線の秩序へ還元されていきます。
キュビスムを経たうえで抽象化を進め、1917年のデ・ステイルと新造形主義の理論化へつながった経路を見ると、抽象は断絶というより、対象を保ちながら少しずつ手放していく過程として理解したほうが正確です。

精神主義・神秘思想の影響

20世紀初頭の抽象絵画には、科学と並んで、精神主義や神秘思想の影響も流れ込んでいます。
目に見える世界の背後に、より深い秩序や法則があるのではないかという感覚です。
カンディンスキーにとって色と線は、単なる造形要素ではなく、精神に直接触れる力をもつものでした。
抽象化は対象を消すためだけの操作ではなく、外見の奥にある内的必然を引き出すための方法だったのです。
後年の点・線から面へでも、画面を構成する基本要素が独自の緊張と働きを持つという考えが整理されていきます。

この文脈では、ヒルマ・アフ・クリントの存在も欠かせません。
1906年から抽象絵画群を描き始め、1907年の〈10の最大物〉では高さ3メートルを超えるスケールのなかに、渦巻き、文字のような記号、植物を思わせる形態、幾何学的な構成が同居します。
こうした作品は、外界の再現という課題から離れ、見えない次元や象徴体系を画面に定着させようとする意志を示しています。
近くで見ると色彩や曲線のうねりに引き込まれ、数メートル下がると全体がひとつの体系として立ち上がる。
その体験は、抽象が「何も描いていない」のではなく、「見えない秩序を描こうとしている」ことを教えてくれます。

ここで見えてくるのは、抽象絵画の誕生が一つの原因で説明できないという事実です。
印象派以後の見え方の探求が写実の束縛をほどき、キュビスムが対象を分解し、表現主義が絵画を内面へ向け、同時代の都市化や写真、科学、神秘思想がその動きを支えた。
狭義の抽象が1910年代ごろに立ち上がるのは、この複数の流れが重なった地点です。
抽象は、19世紀後半から続く連続的な実験が、対象よりも色・線・面の関係そのものを主題として引き受けた到達点にあたります。

カンディンスキー:色と形で精神を描こうとした抽象

生涯の要点と青騎士

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)は、抽象絵画の先駆者として語られる画家です。
ロシアに生まれ、のちにミュンヘンへ移って制作と理論化を進めました。
彼の位置づけを理解するうえで欠かせないのが、青騎士との関わりです。
青騎士は、目に見える現実をそのまま再現するより、色彩や形によって内面や精神の働きを表そうとした流れの核でした。

カンディンスキーの抽象は、単に対象を省略した結果ではありません。
風景や人物から出発しながら、そこに宿る感情の震えや、画面全体を貫くリズムを前面に押し出した到達点です。
だから作品の前では、「何が描かれているか」より先に、「どんな力が画面を走っているか」を受け取るほうが入口になります。
表現主義の流れの中にいながら、彼は色と線をほとんど音のように扱い、視覚芸術を精神の共鳴装置として組み替えようとしました。

その感覚は展示室でもよく伝わります。
カンディンスキーの大きな画面に向かうと、最初から細部を読もうとするより、数分だけ全体の流れに身を置いたほうが作品の性格が立ち上がります。
短い時間でも、画面に渦のような動きがあるのか、散点的な響きなのかは見えてきますし、そこから少し腰を据えて眺めると、線と色がどう関係しているのかまで追えるようになります。

理論のキーワード

カンディンスキーの理論を押さえるなら、1911年の芸術における精神的なものと、1926年の点・線から面へは外せません。
ここで彼が一貫して述べたのは、絵画の要素には外見の再現を超えた働きがあり、それぞれが人の内面に直接作用するという考えです。
中心にある言葉が内的必然性です。
色や形は気分で置かれるのではなく、その画面にとって避けられない必要から選ばれる。
青には青の響きがあり、鋭い斜線には斜線の緊張があり、丸みを帯びた形には別の柔らかな作用がある。
そう考えると、抽象画は自由奔放な即興の集まりではなく、目に見えない秩序を探る仕事として見えてきます。

ここで音楽との関係も見えてきます。
カンディンスキーは絵を、旋律や和音のような関係として捉えました。
色は単独で意味を持つというより、隣り合う色とのぶつかり方で響きを変えます。
線もまた、輪郭線という説明の道具ではなく、上昇するのか、切り込むのか、震えるのかによって画面全体のテンポを変えます。
抽象画を前にして音楽を聴くように眺める、という言い方は比喩に見えて、実際には有効です。
メロディーを聴くときに「これは何の形か」と問い続けないのと同じで、カンディンスキーの画面でも、まず響きと構成の関係を受け取ると入口が開きます。

このとき、具体的なモチーフ探しに固執しないほうが見え方は豊かになります。
鳥や山や騎士のような名残が見える作品もありますが、そこだけを答え合わせのように追うと、画面の本体であるリズムを取り逃がします。
カンディンスキーが切り開いたのは、対象の名前を当てる鑑賞ではなく、色・線・形の関係が精神にどう働くかを読む鑑賞でした。

💡 Tip

カンディンスキーを見るときは、音楽の曲名を当てるのでなく、テンポや強弱を聴き取る感覚に近づけると、画面のまとまりが急に見えてきます。

三分類で作品を読むコツ

カンディンスキーは自作をインプレッションインプロヴィゼーションコンポジションの三つに分けて考えました。
この分類を知っていると、作品ごとの見え方の違いが整理されます。

インプレッションは、外界から受けた印象を起点にした作品です。
風景や出来事の痕跡が比較的残りやすく、見た経験が抽象化されて画面に移されています。
インプロヴィゼーションは、より内面的で即興的です。
感情や衝動が前に出て、線や色の動きに勢いがあります。
コンポジションは、その二つに比べて構成の密度が高く、長い時間をかけて組み立てられた作品群です。
題名に音楽用語の「作曲」が使われていること自体、彼が絵画を時間的・響き的な構成として捉えていたことをよく示しています。

実際にコンポジション系の前に立つと、観察の順番を意識すると画面がほどけます。
まず受け取りたいのは全体のうねりです。
画面のどこからどこへ力が流れているのか、静かな湖面なのか、波がぶつかる海面なのか、その大きな運動を先に感じます。
次に目に入ってくるのが、斜め線の推進力です。
カンディンスキーの画面では、この斜線が流れを前へ押し出し、画面に緊張と速度を与えます。
そこで初めて、色の強弱や小さな形の衝突が、全体の中でどんな役割を担っているかが見えてきます。

鑑賞の手順としては、画面全体のリズム、線の方向性、色の強弱という順で追うと、抽象に慣れていない人でも入りやすくなります。
全体のリズムでは、視線がどこで加速し、どこで止まるかを見ます。
線の方向性では、垂直が支えを作っているのか、斜線が崩しにかかっているのかを拾います。
色の強弱では、鮮やかな色が前に出る場所と、沈んだ色が受け止める場所の関係を確かめます。
この順番を取ると、具体的な形を探すことに意識を奪われず、画面そのものの運動が見えてきます。

カンディンスキーの抽象は、説明を読む前から身体で感じ取れる部分を持っています。
だからこそ、最初の印象を軽く流さず、次に線、さらに色へと段階を踏む見方が効きます。
抽象画の代表的先駆者として彼が今も繰り返し参照されるのは、理論だけでなく、そうした見る体験の順序まで作品の中に組み込んだからです。

モンドリアン:水平線と垂直線で普遍的秩序を探した抽象

自然から抽象へ

ピート・モンドリアン(1872-1944)は、オランダ出身の画家で、幾何学的抽象を代表する存在です。
抽象絵画というと、前のセクションで見たワシリー・カンディンスキーのように、色彩や線が内面のリズムとして広がる方向を思い浮かべる人が多いかもしれません。
そこに対してモンドリアンは、感情の揺れをそのまま画面に放つのではなく、世界の背後にある秩序を、できるだけ還元された形で示そうとしました。
抽象へ向かう同時代の画家でも、カンディンスキーが「響き」を探したのに対し、モンドリアンは「均衡」を探したと言うと輪郭がつかみやすくなります。

その到達点だけを見ると、最初から直線と色面の画家だったように見えますが、実際には自然を観察するところから出発しています。
とくに有名なのが木の連作です。
樹木の枝ぶりや幹の分岐を描いた作品を追っていくと、最初はまだ自然の姿が残っているのに、次第に枝の交差が強調され、面と線の関係へと置き換わっていきます。
木という具体的な対象が、成長の記録ではなく、構造のリズムを示すものへ変わっていくのです。
この段階的な抽象化は、モンドリアンの考え方を理解するうえで欠かせません。
彼にとって抽象は、自然を捨てることではなく、自然の奥にある普遍的な関係を取り出す作業でした。

その変化を後押ししたのがキュビスムの受容です。
対象を複数の面に分解し、構成として捉え直すキュビスムに触れたことで、モンドリアンの画面は一気に整理されます。
枝や建物や海のようなモチーフは、見た目の個性よりも、垂直と水平に近い関係、あるいは面の均衡として扱われるようになります。
こうして自然の形は、曲線や質感を減らされ、線と矩形へ向かって純化されていきました。
カンディンスキーが対象の外形から離れても運動感や即興性を保ったのに対し、モンドリアンは対象の痕跡を削ぎ落としながら、より厳密な構成へと進んだわけです。

デ・ステイルと新造形主義

モンドリアンの抽象は、個人の作風としてだけでなく、理論としても整理されました。
その中心にあるのがデ・ステイルです。
1917年に創刊されたこのグループと雑誌は、絵画だけでなく建築やデザインまで含めて、新しい造形秩序を探る場になりました。
モンドリアンはここで自らの考えを深め、新造形主義、すなわちネオ・プラスティシズムを理論化していきます。

新造形主義が目指したのは、個別の自然描写や主観的な感傷を超えて、誰にも開かれた普遍的秩序を画面に実現することでした。
だからこそ、モンドリアンの作品には説明的な遠近法も、物語を語る人物像も出てきません。
必要なのは、画面全体を支える関係だけです。
垂直と水平、色面と余白、緊張と安定が、互いを打ち消さずに釣り合う状態が求められます。
ここでいう秩序は、均一に整っていることではありません。
むしろ差異を含んだまま崩れないことが、モンドリアンの均衡です。

この点でもカンディンスキーとの違いは鮮明です。
カンディンスキーの理論が、点や線や色の精神的な作用に重心を置いていたのに対し、モンドリアンの理論は、画面の要素をできる限り限定し、その関係そのものから普遍性を導こうとします。
見る側にとっては、感情移入の入口が少ないぶん冷たく見えることもありますが、実物の前に立つと印象は変わります。
線が一本増えるだけで均衡が崩れそうな張りつめた構成は、むしろ身体的に伝わってきます。
抑制されているから静か、ではなく、抑制されているからこそ緊張が露出しているのです。

三原色・水平垂直の意味

モンドリアンの成熟した作品を特徴づけるのが、水平線と垂直線、そして三原色の赤・黄・青に、白・黒・灰を加えた無彩色への限定です。
このルールは装飾的な好みではありません。
自然界の偶然的な形や個別性を離れ、対立しながら均衡する基本関係だけを残すための選択です。
垂直は上昇や緊張、水平は安定や広がりとして働き、その交差が画面の骨格になります。
そこに三原色の色面が置かれることで、構成は単調になるどころか、視覚的な重みの差を帯びます。
白い面は空白ではなく、他の要素を受け止める能動的な場として機能しています。

赤・青・黄のコンポジション系統の作品の前に立つと、そのことがよくわかります。
最初は「四角と線だけ」に見えても、少し眺めていると、黒線がどこも同じ太さではないことに気づきます。
ある線は画面を強く区切り、別の線は少し控えめに面を支える。
色面も左右対称や上下対称には置かれておらず、赤が強く張り出したところを、離れた位置の青や黄、あるいは広い白が受け止めています。
この非対称の組み方が、静けさと緊張を同時につくっています。
整然としているのに、少しでも配置を動かしたら全体がずれそうな感覚があるのです。

見るときには、まず色の名前を追うより、線の太さの差、矩形どうしの間隔、色面の比率に目を向けると画面の働きが見えてきます。
大きな白の余白が単なる空きではなく、赤や青の圧力を受け止める面として働いていること、端に寄った色面が中心を外すことで画面全体に張力を生んでいること、黒線が均一な格子ではなく微妙な強弱を持つことで呼吸のようなリズムをつくっていることが読めてきます。
モンドリアンの抽象は静止画像のようでいて、内部では力が押し合っています。
そこに、感情の奔流を前面化したカンディンスキーとは別種の抽象、つまり普遍的秩序をめぐる思考の強さが現れています。

カンディンスキーとモンドリアンはどう違うのか

カンディンスキーとモンドリアンは、どちらも抽象絵画の中心人物として並べて語られますが、画面のつくり方も、色の考え方も、抽象に託した願いも同じではありません。
二人を見分ける近道は、作品を「雰囲気」で覚えることではなく、線の方向、色の選び方、自然との距離の取り方という複数の観点で比べることです。
実際、同じくらいの大きさの作品画像を並べて見比べると、斜め線が入るか入らないかだけで、画面に流れる時間の速さがまるで違って見えてきます。
そこで気づく速度感の差は、二人の違いをつかむ入口になります。

項目カンディンスキーモンドリアン
色彩観色そのものに感情や響きがあると考え、多彩な色域を使う三原色と白・黒・灰を軸に、関係の純度を高める
構図斜線、曲線、小さな形の群れが動勢をつくる水平線と垂直線、矩形の配置で均衡をつくる
精神性内面の震えや音楽的な響きを画面化する普遍的な秩序と均衡を視覚化する
自然との距離自然の外形から離れつつ、感覚や印象の痕跡を残す自然を観察の出発点にしつつ、最終的には構造へ還元する
作品の印象流動的、即興的、呼吸しているような画面静謐だが緊張感があり、比率が張りつめた画面

この対比は、カンディンスキーを「熱い抽象」、モンドリアンを「秩序の抽象」と整理するための目印としては有効です。
ただ、それだけで片づけると見落としも出ます。
カンディンスキーにも理論的な設計はありますし、モンドリアンにも冷たい幾何学では済まない張力があります。
ラベルで覚えるより、どの要素がその印象を生んでいるのかまで見るほうが、混同しにくくなります。

色彩観の差

カンディンスキーの色は、まず「響き」として働きます。
赤、青、黄に限らず、多様な色がぶつかり合い、重なり合い、ときに和音のように、ときに不協和音のように画面を満たします。
色は物の表面を塗るためのものではなく、気分や緊張、内面的な震えを直接動かす力として置かれます。
そのため、同じ画面の中で色数が多くても散漫にならず、むしろ複数の声が同時に鳴っているような印象になります。

モンドリアンの色は、反対に厳しく絞り込まれます。
成熟期の作品では、赤・黄・青と白・黒・灰が中心です。
ここでの色は感情の吐露というより、画面全体の均衡を成立させる要素です。
赤をどこに置くか、どの面を白のまま残すかによって、構成全体の重心が決まります。
色数が少ないから単純なのではなく、少ない色で関係の精度を上げているのです。

見分けるときは、まず色の「幅」を見ると整理できます。
多彩な色が層のように広がり、それぞれが独自の強さを持っているならカンディンスキーに近い。
三原色を核に、白い面や黒い線との釣り合いが緻密に計算されているならモンドリアンに近い。
読者が説明するときも、「カンディンスキーは色数が広い」「モンドリアンは三原色中心」と言えるだけで、混同はぐっと減ります。

構図と線の使い方

いちばん見分けやすいのは線です。
カンディンスキーでは、斜線が画面を横切り、曲線や点の群れがその周囲で呼応し、全体が動いているように見えます。
視線は一点に固定されず、あちこちへ引っぱられます。
線は輪郭でも骨組みでもなく、力の方向そのものです。
画面のどこかで始まった運動が、別の形や色へ伝わっていく感覚があります。

モンドリアンでは、線のルールがぐっと限定されます。
水平と垂直が骨格をつくり、矩形の区切りが空間を整えます。
斜線をほとんど用いないため、視線は斜めに飛ばず、上下左右の関係のなかで落ち着きと緊張を行き来します。
しかも均一な格子に見えて、線の長さ、太さ、止まる位置が少しずつ違うので、単なるパターンにはなりません。
そこに静かな張力が生まれます。

同規模の作品画像を並べると、この差は驚くほどはっきり見えます。
斜め線が多いカンディンスキーの画面では、視線がすべるように移動し、絵の中に速度が生まれます。
モンドリアンの画面では、その速度が抑えられ、代わりに面と面の間隔や比率が前に出ます。
誰が見ても「動いて見える/止まって見える」の差に気づきやすく、その直感が構図の違いを言葉にする助けになります。

実物を見るときの入口もここで分かれます。
カンディンスキーは、どこからどこへ力が流れているか、線と色がどう連鎖しているかを追うと画面が開いてきます。
モンドリアンは、色面の大きさの比率、黒線どうしの間隔、白の余白がどこで効いているかに目を向けると、静かな画面の内部で何がせめぎ合っているかが見えてきます。

精神性・自然観の違い

二人とも抽象を単なる形の遊びとして扱っていません。
その点では共通していますが、精神性の向かう先が違います。
カンディンスキーは、絵画を内面の振動に触れる媒体として考えました。
芸術における精神的なものや点・線から面へで整理された発想からもわかるように、色や線は精神に働きかける力を持つものとして扱われます。
自然の姿をそのまま描かなくても、むしろその背後にある感情や霊的な響きに近づける、という方向です。

モンドリアンの精神性は、個人の内面の吐露よりも、普遍的な秩序の発見に向かいます。
自然を出発点にしながら、木や海や建物の見た目を超えて、そこに潜む構造を取り出そうとします。
自然から遠ざかるのではなく、自然の奥にある関係だけを残すために削ぎ落としていく感覚です。
そのため、画面に残るのは感情の痕跡より、対立しながら均衡する関係そのものになります。

ここでいう自然との距離も対照的です。
カンディンスキーは自然の外形を離れても、なお感覚の気配を画面に残します。
見ていると、風景や音、衝突や浮遊のような印象が立ち上がることがあるのはそのためです。
モンドリアンは自然をいったん通過しながら、最終的には固有のモチーフを見えなくして、水平・垂直と色面の関係へ集約します。
自然との距離が遠いというより、自然を構造のレベルで捉え直しているのです。

作品の印象もその差に結びつきます。
カンディンスキーは、感覚の密度が高く、見ている側の気分まで揺さぶってきます。
モンドリアンは静かに見えて、比率のわずかな差が全体の均衡を左右するため、張りつめた空気があります。
つまり、一方は感情的で他方は冷静、と切り分けるだけでは足りません。
カンディンスキーには理論に支えられた秩序があり、モンドリアンには秩序の中でむき出しになる緊張があります。
二人を比べるときは、色と線だけでなく、何を精神的な価値として画面に託したのかまで含めて見ると、名前ではなく作品そのものが区別できるようになります。

抽象絵画の起源は一人では語れない:ヒルマ・アフ・クリントとマレーヴィチ

ヒルマ・アフ・クリントの先駆性

抽象絵画の「始まり」を一人の名前だけで語ると、20世紀初頭の動きが見えなくなります。
ワシリー・カンディンスキーが決定的な役割を果たしたことは確かですが、創始者問題はそれで終わりません。
どの作品を「最初の抽象」とみなすのか、対象の痕跡をどこまで残していたら抽象と呼ぶのか、その線引き自体に揺れがあるからです。

その見直しの中心にいるのがヒルマ・アフ・クリントです。
彼女は1906年に抽象作品群の制作を始めており、年代だけ見ても、抽象絵画史の通説を単純には維持できません。
しかもこの先駆性は、単に「早かった」という年表上の話にとどまりません。
渦巻き、幾何学、植物を思わせる形態、記号的な文字や図式が一体となった画面は、自然の再現から離れながら、独自の象徴体系として成立しています。
つまり、偶然それらしく抽象に近づいたのではなく、意図をもって非具象の領域へ踏み込んでいたと読めるのです。

その代表が1907年の10の最大物です。
高さ3メートル超の画面は、図版で見るだけでは把握しきれません。
こうした大作の前では、数メートル下がって全体を受け止める必要があり、近づけば色と線と記号が身体の周囲に迫り、離れれば全体のリズムが一気に立ち上がります。
もし展示室でこの連作に囲まれたら、スケールそのものが視覚体験を押してきて、色面に包まれる感覚が先に来るはずです。
小さな画像では「装飾的」に見える部分も、実物の空間ではむしろ圧力を持った構成として働きます。

ヒルマ・アフ・クリントの存在が示しているのは、抽象絵画の誕生が一直線の進歩史ではないということです。
精神性、神秘主義、図式化、非再現的な形態への志向が、それぞれ別ルートから同時多発的に進んでいた。
そのため、「創始者は誰か」という問いに対しては、唯一の正解よりも、複数の先駆者が並走していたという捉え方のほうが、現実の作品群に即しています。

グッゲンハイム/日本回顧展と再評価

ヒルマ・アフ・クリントの位置づけが大きく変わった背景には、近年の回顧展があります。
2018年から2019年にかけてグッゲンハイム美術館で開かれた回顧展は同館の発表で来場者数が60万人を超え、彼女が研究者の間にとどまらない存在として広く認識される契機になりました。

日本でも回顧展が組まれ、約140点がまとまって紹介されたことで、名前だけでなく作品そのものに触れられる条件が整いました。
ここで見えてくるのは、「カンディンスキー以前に抽象があった」という単純な逆転劇ではありません。
むしろ、何をもって抽象の成立とみなすかという基準が、いまも検討され続けているという事実です。
線と色だけで対象を離れた画面を最初とするのか、理論的な自覚を伴った抽象を重視するのか、公開のされ方まで含めて評価するのかで、序列は変わります。

この再評価によって、従来の「創始者=カンディンスキー」という説明は、そのままでは粗すぎるものになりました。
もちろん、1910年代の抽象絵画を広く定着させ、理論化し、後続に強い影響を与えた点でカンディンスキーの中心性は揺らぎません。
ただし、先駆性という軸ではヒルマ・アフ・クリントを外せず、歴史の入口は一つではないと考えるほうが、作品の実態に近づけます。

マレーヴィチのシュプレマティズム

抽象の起源を複数形で考えるなら、カジミール・マレーヴィチも欠かせません。
彼が打ち出したシュプレマティズムは、対象の再現を離れるだけでなく、絵画を純粋感覚の場へ極限まで押し進めようとした点で、抽象の歴史の中でも際立っています。
ここでは自然の印象や内面の気分さえ後景に退き、四角形や十字、円といった基本形態が、独立した存在として画面に置かれます。

その象徴が黒の正方形です。
黒い正方形を白地に置いただけ、と言ってしまえば説明は一瞬で終わりますが、絵画史の文脈ではそこで切断されたものが大きい。
何かを描くための絵画から、絵画そのものの条件を露出させる絵画へと、軸がはっきり移ります。
カンディンスキーが色と線の響きで精神的な世界を開き、モンドリアンが秩序と均衡を追求したのに対し、マレーヴィチはさらに先まで進み、形態を純化して、感覚の絶対性を前面に出しました。

この位置づけを見ると、抽象絵画の起源をめぐる議論は、単なる早い遅いの競争ではないことがわかります。
ヒルマ・アフ・クリントは神秘主義と象徴体系から抽象へ到達し、マレーヴィチはシュプレマティズムとして非対象的な純度を押し上げた。
そこにカンディンスキーやモンドリアンを並べると、抽象は一人の発明ではなく、複数の問題意識が同時代に結晶した現象として見えてきます。
そう捉えたほうが、20世紀初頭の美術が持っていた切迫感も、作品ごとの差異も取り落とさずに済みます。

抽象絵画は現代に何を残したのか

デザイン・建築への波及

抽象絵画が現代に残したものを考えるとき、いちばん目に見えやすいのはデ・ステイルの波及です。
モンドリアンの画面で徹底された水平線と垂直線、白地に三原色と黒を置く整理された構成は、絵画の中だけで完結しませんでした。
そこで追求されたのは、自然の見え方を写すことではなく、面と線の関係を通じて空間に秩序を与える考え方です。
この原理は、そのまま建築、家具、プロダクト、グラフィックの設計思想へ移っていきます。

建築では、壁をただ閉じた箱として扱うのではなく、面の独立性や直交する関係を強調する発想に接続しました。
家具やプロダクトでも、装飾を足すより、線と面の組み合わせを明快に見せる方向へ向かいます。
グラフィックデザインに入ると、その影響はいっそう見つけやすくなります。
誌面をグリッドで分割し、余白を構造として扱い、限られた色で視線の流れをコントロールするやり方は、いまのポスターやブックデザインにも深く染み込んでいます。

そのことは、美術館の展示室よりむしろミュージアムショップで実感する場面があります。
ポスター、図録の表紙、書籍装丁、文具のパッケージを見ていると、黒い線で区切られた矩形と、赤・青・黄を効かせた配色が繰り返し現れます。
作品そのものの引用ではなくても、「整っていて、近代的で、アートの気配がある」と感じさせる記号として、モンドリアン由来のグリッドと配色が定着しているのです。
抽象絵画は難解な理論として残ったのではなく、日常の視覚環境を組み立てる共通言語として生き残った、と言ったほうが実感に近いです。

抽象表現主義とミニマルアートへの継承

抽象絵画の遺産は戦後美術にも別のかたちで引き継がれました。
ただし、同一視はできません。
抽象絵画は20世紀初頭に成立した広い表現領域であり、抽象表現主義は戦後アメリカを中心とする特定の運動です。
前者が対象再現から離れる様々な方法を含むのに対し、後者は制作行為や巨大な画面経験を重視しました。

それでも接点は明確です。
カンディンスキーの「色と線を自律的な力として扱う」発想は、戦後のアクション・ペインティングやカラー・フィールド・ペインティングに受け継がれました。
初期抽象から戦後抽象への連続性は、意味を分析する前に身体が反応する大画面の経験として、観客の感覚に共通する回路を残しています。
一方で、モンドリアンやデ・ステイルの幾何学的な整理は、ミニマルアートに直接そのまま受け継がれたというより、形態を削ぎ落として関係だけを際立たせる態度として継承されました。
ミニマルアートは作者の内面表現を強く語るのではなく、反復、単位、配置、素材の存在感を押し出します。
その点で、精神性や普遍秩序をめざした初期抽象とは目的が違います。
けれども、絵画を「何が描かれているか」から解放し、形、比率、面積、位置関係そのものを主題化したという意味では、抽象絵画が開いた扉の先にある運動です。
違う概念でありながら、画面の自律性を押し広げた歴史としてつながって見えます。

現代展覧会での再評価

抽象絵画は、いまや教科書で位置づけが確定した過去のジャンルではありません。
近年は大型回顧展が相次ぎ、誰が先駆者だったのか、どの理論がどこまで影響したのか、女性作家や周縁地域の実践をどう組み込むのかといった論点が更新され続けています。
前のセクションで触れたヒルマ・アフ・クリントの再評価は、その象徴的な例です。
作品数が1,000点を超える規模で残され、回顧展が国際的な関心を集めたことで、抽象の歴史そのものを組み替える議論が一気に前に出ました。

今日の展覧会では、単独の巨匠神話をなぞるだけでなく、カンディンスキーモンドリアンヒルマ・アフ・クリントのような異なるルートを並べて見せる構成が増えました。
そこでは「最初の一人」を決めることより、抽象がどのような思想、信仰、都市経験、デザイン感覚と結びついて広がったのかが問われています。
つまり再評価の対象は個々の作家だけではなく、抽象絵画という枠組みそのものです。

こうした動向を見ると、抽象絵画は終わった運動というより、現代の視覚文化を読み解く起点として機能しています。
建築やデザインに残った秩序の感覚、戦後美術に受け継がれた画面の自律性、そして展覧会で更新され続ける歴史像が重なることで、抽象は過去の様式ではなく、いまも解釈が動いている領域として立ち上がります。
展示室を出たあとに街のサインや本の表紙が少し違って見えるなら、それ自体が抽象絵画の遺産です。

鑑賞ミニガイド:抽象画を前にしたときの3ステップ

全体→関係→言語化の順で見る

抽象画の前で立ち止まったとき、最初から意味を探しにいくと、かえって画面が閉じて見えます。
見る順番を決めてしまうと、入口はずっと明快になります。
まずは少し距離をとって、画面全体のリズムを見ることです。
カンディンスキーなら、どこで色が鳴っていて、どこで線がぶつかり、どこが静まっているかをざっと受け取る。
モンドリアンなら、どの矩形が画面を引き締め、どの余白が呼吸をつくっているかを先に眺める。
この段階では「何を表しているか」より、「画面がどう動いているか」を拾うほうが、抽象画の構造に入りやすくなります。

画面全体をつかんだら、次は要素どうしの関係へ視線を移します。
赤が単独であるのではなく、隣の白や黒線との接し方で働き方が変わる。
斜線も一本で意味を持つのではなく、別の線や色面との緊張のなかで速度を帯びる。
抽象画は、部品の寄せ集めではなく、関係そのものが主題になっていることが多いので、この段階で見え方が一気に変わります。
前のセクションで触れたモンドリアンの秩序も、水平線と垂直線そのものより、長さの差、間隔、矩形の比率のつり合いとして現れます。

そこまで見えたら、短く言葉にしてみます。
難しい感想である必要はありません。
「色数が絞られている」「縦線が強い」「小さい形が反復している」「右上が軽く、左下が重い」といった観察で十分です。
抽象画は、自分の言葉で配置と関係を書き留めた瞬間に、印象だけの体験から構造の体験へ変わります。
カンディンスキーのような流動的な画面でも、モンドリアンのような幾何学的な画面でも、この三段階で見ると、漠然とした「わからなさ」が具体的な観察へ置き換わります。

関係に注目するためのチェックリスト

抽象画を見るときに役立つのは、要素を一つずつ判定することではなく、要素のあいだにどんな力が働いているかを確かめることです。
見るポイントを絞ると、画面の読み取りがぐっと具体的になります。

  • 色は対立しているか、それともなじんでいるか。
  • 線は同じ方向へ流れているか、それともぶつかっているか。
  • 形は反復しているか、それとも途中で崩されているか。
  • 余白は休止として働いているか、それとも緊張を高めているか。
  • 大きい要素と小さい要素の比率は、どのように保たれているか。
  • 視線は画面のどこで止まり、どこへ移動するか

この見方は、モンドリアンの前で試すと効果がはっきり出ます。
私がよく勧めるのは、1分だけ無言で、矩形の大きさと間隔だけを数える見方です。
赤か青かという色名さえいったん脇に置いて、四角の大小と、四角どうしの空き方だけを追う。
すると、整って見えていた画面が、実は均一ではなく、微妙なずれと配分で均衡を保っていることが見えてきます。
秩序は単純な反復から生まれているのではなく、少しずつ異なる幅や面積の調整で立ち上がっている、と身体で納得できます。

カンディンスキーでは別の見え方になります。
曲線、斜線、小さな形の群れが散っているように見えても、視線を追うと、ある色が別の色を呼び、線がリズムをつくり、画面の一角に偏った重さを別の形が支えていることがあります。
ばらばらに見えるもののあいだに応答関係を見つけた瞬間、この画面は偶然ではなく構成だとわかります。
抽象画の鑑賞で面白いのは、意味を発見するというより、関係の編み方を見抜くところにあります。

展示室での回り方

展示室では、作家ごとの違いがわかる順番で歩くと、抽象画の輪郭が立ち上がります。
流れとしては、カンディンスキーから入り、モンドリアンへ進み、そのあと戦後抽象を見ると、抽象がどの方向へ広がったかをつかみやすくなります。
カンディンスキーで色と線が感情やリズムを担う画面を経験すると、抽象は冷たい図形の世界ではなく、まず動きと響きの芸術だとわかります。
そこからモンドリアンへ移ると、同じ抽象でも、今度は削ぎ落としと均衡の操作として見えてきます。
さらに戦後抽象へ進むと、初期抽象が開いた「対象を描かずに画面を成立させる」という課題が、身振り、色面、スケールの方向へ展開したことが読み取れます。

作品を見比べるときは、各作家で代表的な一点を選び、差異を言葉にすると記憶に残ります。
カンディンスキーなら、色がどこで跳ね、線がどう交差するか。
モンドリアンなら、水平と垂直がどう均衡をつくるか。
戦後抽象では、画面の大きさや筆致の痕跡が、どのように身体感覚へ作用するか。
比較の軸を「好き嫌い」に置くより、「配置」「反復」「方向」「面積」に置くと、見た内容が輪郭を持ちはじめます。

大作のある展示室では、近づきすぎず、いったん数メートル下がって全体を受け取る時間もほしいところです。
高さが3メートルを超える作品では、近距離だと細部の渦や筆致に引き込まれますが、少し下がると、画面全体がひとつの呼吸として見えてきます。
ヒルマ・アフ・クリントのような大きな抽象画では、その差がとくに大きく、近くでは形の集積、離れると構成のうねりとして体に入ってきます。
展示室で立ち位置を変えるだけで、抽象画は別の作品のように表情を変えます。

短時間で全体を見るときと、立ち止まって関係を拾うときの落差も、抽象画では大きいです。
最初の数分で受ける印象は、たいてい正しい入口です。
ただ、その印象を支えている配置や反復をもう少し追うと、画面は急に具体的になります。
展示室では、通り過ぎる見る方と、戻って関係を見る方を一度ずつやってみると、抽象画の見え方が段階的に深まります。

まとめ

抽象絵画は、対象を省いた絵という広い意味と、非対象の絵画として成立した狭い意味の二層で捉えると、輪郭がぶれません。
生まれ方も断絶ではなく、印象派以後の見方の変化がキュビスムや表現主義を通って抽象へ連続していった、と見ると腹落ちします。
読むゴールは、カンディンスキーとモンドリアンの違いを、色彩と線の扱い、構図、精神性、自然との距離の少なくとも二点で言い分けられることです。
起点も一人に還元せず、ヒルマ・アフ・クリントやマレーヴィチを含む複数の先駆が並走した流れとして押さえると、抽象絵画はぐっと立体的に見えてきます。

次にすることは三つだけです。

  1. カンディンスキーとモンドリアンの代表作を並べて、違いを短くメモする
  2. 何が描かれているかより、色・線・余白・比率の関係を見る
  3. 展示では、まずカンディンスキー、次にモンドリアンの順で回り、立ち位置も変えながら体で確かめる

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美の回廊編集部

美の回廊の編集チームです。