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Meisterwerk-Analysen

叫びの解説|ムンクが描いたのは叫ぶ人ではない

ムンクの叫びは、中央の人物が叫んでいる絵として知られていますが、作品日記と原題自然の叫びまでたどると、むしろ「自然の叫びに耳を塞ぐ存在」と読むほうが筋が通ります。

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叫びの解説|ムンクが描いたのは叫ぶ人ではない

Aktualisiert: 美の回廊編集部
contemporary-art-guide現代アート入門|「わからない」から楽しむ方法

ムンクの叫びは、中央の人物が叫んでいる絵として知られていますが、作品日記と原題自然の叫びまでたどると、むしろ「自然の叫びに耳を塞ぐ存在」と読むほうが筋が通ります。
まず押さえたいのは、これは1点だけの作品ではなく、1893年・1895年・1910年の絵画ヴァージョン4点に、1895年のリトグラフが加わるという整理です。
この記事は、叫びを有名なイメージ以上の作品として見直したい人に向けて、橋の斜線、後方の二人、空と水面のうねり、赤と青黒の対比という鑑賞の焦点を、1892年の絶望から生命のフリーズへ連なる文脈の中でほどいていきます。
実物に向き合うと、縦約90cmの画面でも空と橋の斜線が視線を横殴りに運び、見ている身体まで引っぱられる感覚が生まれます。
版ごとのサイズ差を見比べると、主役は人物そのものというより、空と地形が押してくる圧なのだと気づかされます。
画像の説明文を付けるなら、「赤い空の下、橋の上で耳元に手を当てる人物。
後方に二人、空と水面はうねり、斜めの橋が画面を横切る」と書くと、この絵の骨格を外しません。

叫びとは何か|まず押さえたい基本情報

作品データ

叫びの正式名称は叫び(The Scream)です。
日本語ではムンクの叫びという呼び方が広く流通していますが、あれは通称であって、作品名そのものではありません。
作者はノルウェーの画家エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)です。
ムンクの代表作として知られますが、単独の傑作というより、生命のフリーズという連作構想の中で読むと輪郭がはっきりする作品でもあります。

この作品を基本情報として押さえるとき、まず外せないのが原型との関係です。
1892年の絶望が構図上の出発点になっており、橋、フィヨルド、遠景、人物配置はここでほぼ整っています。
そこから叫びでは、景色の説明が心理の波に変わり、空や水面のうねりが前面に出てきます。
中央の人物だけを見ると「叫ぶ人」に見えますが、作品日記と自然の叫びという原題の系譜までたどると、人物はむしろ外から押し寄せる叫びを受け止めている存在として読むほうが自然です。

代表的な基準データとして見ておきたいのは、1893年のノルウェー国立美術館(National Museum of Norway)所蔵版です。
サイズは約91×73.5cm、支持体は厚紙です。
この寸法を頭に入れておくと、印刷図版やスマホ画面で見たときの印象との差が見えてきます。
私自身、この実寸を意識してから画面の受け取り方が変わりました。
縦90cm台という数字だけだと人物中心の絵に思えますが、実際の大きさを思い浮かべると、人物よりも空と橋が占める面積の大きさが効いてきます。
図版では顔に視線が吸い寄せられがちでも、実物スケールで考えると、赤い空の圧と斜線の橋が画面全体を支配していることが体感に近い形で見えてきます。

技法表記には少し注意が必要です。
1893年の代表版は「テンペラとカゼイン」「テンペラとクレヨン」など表記に揺れがあり、資料ごとに書き分けが見られます。
ここでは断定よりも、館蔵作品としての最終表記を基準に扱うのが筋です。
所蔵先の名称も、記事では現行名称でそろえておくと混乱がありません。
たとえばNational Museum of Norway、そしてMUNCHという現在の館名表記で統一しておくと、旧称が入り混じるより見通しが立ちます。

複数版の存在と数え方

叫びは1点だけの作品ではありません。
ここを曖昧にすると、その後の話がすべてぼやけます。
整理の仕方としてもっとも誤解が少ないのは、絵画版4点に加えて、1895年のリトグラフがあるという言い方です。
具体的には、1893年に2点、1895年に1点、1910年に1点の絵画ヴァージョンがあり、さらに1895年のリトグラフが存在します。
リトグラフは刷りが約45点とされ、版画を独立した1作品として数えるかどうかで「全5点」とも「4 versions + lithograph」とも表現が分かれます。

この数え方の違いは、単なる豆知識ではありません。
読者が「どれが本物なのか」でつまずく場所だからです。
ムンク作品では、ひとつの主題を絵画と版画の両方で展開することが珍しくなく、叫びもその典型に入ります。
つまり、「本物が複数ある」のではなく、ムンク自身が同じ主題を別の素材、別の色調、別の強度で繰り返し立ち上げたと考えると整理しやすくなります。

なかでも知名度が高いのは1893年のオスロ国立美術館(National Museum of Norway)所蔵版です。
一方で、1895年のパステル版は市場に出たことで広く話題になり、2012年には1億1990万ドル(119,922,500ドル)で落札されました。
1910年版はMUNCH所蔵で、2004年の盗難事件によって報道されたこともあります。
1994年にオスロ国立美術館所蔵の1893年版が盗難に遭い、2004年にはMUNCH所蔵の別ヴァージョンが盗難に遭したが、いずれも後に回収されました。

版ごとの差は、単に色味の違いだけではありません。
サイズ、画材、線の立ち方、空のうねり方、人物の存在感が少しずつ異なります。
1893年の代表版を基準に見ると、約91×73.5cmという寸法は、人物像の絵としては中型ですが、構図の主役が人物だけではないことを教えてくれる絶妙な大きさでもあります。
中央の顔だけを拡大した複製では伝わりにくいのに、全体像で見ると橋の斜線が画面を切り裂き、空が上から覆いかぶさる。
このバランスは、複数版を比べたときにいっそう鮮明になります。

本記事の結論と学びの地図

この記事が目指しているのは、「人物が叫ぶ絵」という通俗的な理解を、史料に基づく読みへ更新することです。
ムンクの日記の記述、原題の系譜、絶望からの発展、生命のフリーズの中での位置づけ、そして複数版の違いまでを一本につなぐと、叫びは単なる不安のアイコンではなくなります。
人物のポーズ、橋の斜線、後方の二人、空と水面の波打ち方が、ひとつの心理場面として組み上がっていることが見えてきます。

この先の読み方の地図も、ここで置いておきます。
まず見るべきは、中央人物を「誰が叫んでいるか」という視点だけで追わないことです。
次に、1892年の絶望との連続性を見ると、ムンクが何を強め、何を変形したのかがわかります。
そのうえで、1893年・1895年・1910年の各版を並べると、主題が固定されたイメージではなく、反復される不安の形式として立ち上がってくるはずです。

💡 Tip

叫びは顔の表情だけを読むと平板になります。画面の大部分を占める空と橋に意識を移すと、人物は主役というより、風景の圧を受ける感覚器のように見えてきます。

この見取り図を持っておくと、よく知られた図像が一段深く読めます。
叫びは「有名だから知っている作品」ではなく、版の違いと史料の言葉を通して、見え方そのものが更新される作品です。

ムンクが描いたのは叫ぶ人ではない?|日記と題名から読む有力解釈

日記の要旨

この誤解をほどく鍵は、1892年の日記にあります。
内容を要約すると、ムンクは夕暮れどき、友人たちと道を歩いている最中に空が血のように赤く染まるのを見て、不安に襲われ、立ち止まり、自然を通り抜ける、あるいは自然を貫く無限の叫びを感じた、というものです。
ここで焦点になっているのは、人が声を上げた場面ではなく、風景そのものが叫びの発生源として知覚された場面だという点です。

この記述を起点にすると、画面中央の存在を「口を開けて叫ぶ人」とだけ受け取る見方は、少し揺らぎます。
ムンクが書き残したのは、自分が叫んだという報告ではなく、外界から押し寄せる叫びを感受した体験だからです。
作品の不安は内面の独白というより、景色全体が神経へ流れ込んでくる感覚に近い。
前のセクションで触れた、空と橋が画面を支配する構図とも、この読みはきれいにつながります。

原文引用は訳語の差や文脈確認が必要になるため慎重さが要りますが、少なくとも要旨としては「赤い空の下で、自然の側から響いてくる無限の叫びを感じた」という理解で外れません。
つまり、この絵の中心にあるのは“誰かが叫んだ瞬間”ではなく、“世界が叫んでいるように感じられた瞬間”です。

原題が示す方向性

題名の扱いにも注意が必要です。
英語名The Screamは広く用いられますが、一部の史料ではドイツ語題Der Schrei der Natur(自然の叫び)が参照されることがあります。
史料の一つとしてこの読みが有力視される場合もありますが、題名表記や一次資料の原語表記は所蔵館のカタログで確認するのが確実です。

読み方叫びの発信源中央の存在の役割画面全体の見え方
俗説中央の人物自分で叫ぶ主体顔の表情が主役
史料ベースの有力解釈自然叫びを受け止める存在空・水面・橋まで含めて叫びが広がる

こう並べると、叫びという通称的なイメージが、作品理解を少し狭めていたことが見えてきます。
ムンクが描いたのは、人物の声量ではなく、風景と感覚が一体化した恐怖の場面だ、と読んだほうが画面のうねりに合います。

人物=叫びの受け手という読み

中央の存在は、叫ぶ主体ではなく、叫びを受け止めてしまった存在として読むのが有力です。
両手は頬の横に当てられていますが、その仕草を現場で丁寧に見ると、口の開きよりも、手の位置と頬への密着が先に目に入ります。
見慣れた複製では「叫ぶポーズ」に見えていても、実際の画面では、外から押し寄せる音や圧を遮ろうとして耳に手を当てている動作に近く感じられることがあります。
顔の表情より、音を避ける身ぶりとして読むほうが自然に見える瞬間があるのです。

この読みを支えるのは、人物単体ではなく画面全体の連動です。
赤い空が波打ち、水面も呼応するように揺れ、橋だけが硬い斜線でそれを切り分ける。
その中央に置かれた存在は、風景の外に立つ観察者ではなく、風景の圧に身体で反応している感覚器のように見えます。
後方の二人が比較的平然としていることも、この存在だけが世界の異様さをまともに受けている、という印象を強めます。

もちろん、絵を見る人が「叫んでいるように見える」と感じること自体は自然です。
口を開いた顔、細長い頭部、渦巻く空がそう読ませる力を持っています。
ただ、日記と題名まで含めて考えると、より説得力があるのは「自然の叫びに耐えきれず、耳を塞ぐ存在」という理解です。
通俗的なイメージでは人物が主語になりますが、史料に沿って読むと主語は自然へ移る。
叫びの誤解を正すうえで、この転換がいちばん効いてきます。

画面のどこを見るべきか|構図・色彩・人物表現の読み解き

構図: 橋の斜線と背景の二人

この画面で最初に追うべきなのは、中央の顔そのものより、橋が斜めに走る方向です。
橋の手すりは画面を左奥から右手前へ強く横切り、視線を一気に手前の存在へ押し流します。
水平でも垂直でもないこの斜線が、立っているだけで足場が傾くような不安定さを生みます。
風景画として見れば、橋は本来、空間を整理するための構造物です。
ところが叫びでは、その橋がむしろ落ち着きを壊す装置になっています。

この斜線が効くのは、背景にいる二人の存在があるからでもあります。
奥の二人は平然と歩き続け、手前の存在の切迫とは噛み合いません。
同じ橋の上にいながら、同じ世界を見ていないように見える。
そのずれが、手前の存在を「一人だけ異様なものを感受してしまった身体」として際立たせます。
近景の動揺と遠景の平然さが同居することで、単なる恐怖の場面ではなく、共有されない感覚の孤立が画面に生まれています。

実見を想像すると、橋の手すりの反復する線は、ただの柵というより音響の波形のように感じられる瞬間があります。
まっすぐ引かれているはずなのに、周囲のうねる線と呼応して、視覚のなかで振動しているように見えるのです。
そのとき、人物の輪郭も独立した形ではなくなり、空の渦へ引き込まれる一部として見えてきます。
橋は固い構造物でありながら、画面のなかでは感覚の震えを可視化する線にもなっています。

鑑賞では、まず近くで橋の線の鋭さと揺れを追い、そのあと数歩下がって画面全体を見ると、斜線がどれほど強く全体のリズムを支配しているかがよくわかります。
近接では線の緊張、遠望では構図全体の不穏な拍動が立ち上がります。

色彩: 赤い空と青黒い水面

色で見るなら、焦点は赤い空と青黒いフィヨルドのぶつかり合いです。
オスロの入り江として読まれる水面は、青から黒へ沈む重たい色で押さえられ、その上で空だけが焼けつくように赤く波打っています。
暖色と寒色の対比が画面を二分し、視覚的な緊張を一気に高めています。
ここでは赤が単に美しい夕焼けとして働くのではなく、冷たい水面とぶつかることで、落ち着かない熱として立ち現れます。

注目したいのは、空と水面の色だけではありません。
うねる空と水面の線が、色の境目そのものを揺らしている点です。
普通なら空は上、水は下で分かれて見えるはずですが、この絵では両者が同じリズムで波打ち、自然全体がひとつの脈動として見えてきます。
赤い帯が空に走るだけでなく、水面もまたそれに応答してざわついて見えるので、風景の各要素が別々に存在している感じが薄れていきます。

この連動を近くで見ると、色面は均一に塗りつぶされているのではなく、線と筆致の動きで呼吸していることがわかります。
少し離れると、その細部はひとつの大きな波としてまとまり、空が上から覆いかぶさり、水面が下から押し返すような圧迫感に変わります。
画面全体を包む不安は、顔の表情だけでなく、この赤と青黒の対比が生み出しているものでもあります。

人物表現: 線がつなぐ自然と内面

手前の人物は、写実的な肖像として描かれていません。
頬に手を当てた人物のしぐさ、開いた口元、頭蓋のように単純化された顔が、個人の特徴よりもむき出しの感覚そのものを前に出しています。
目鼻立ちを細かく描き込まないからこそ、見る側は「この人が誰か」ではなく、「この身体に何が起きているか」に引き寄せられます。

人物の輪郭線が欠かせません。顔や肩の線は背後の空や水面のうねりと連続し、人物と自然が視覚的に接続される仕組みをつくっています。

人物を「叫んでいる顔」とのみ受け取ると、画面の力が表情の誇張に偏ってしまいます。

近くで眺めると、人物の周囲で線が震え、輪郭が空の渦にほどけていくように見えます。
数歩下がると、その人物は単独の主役というより、橋、空、水面と同じリズムで振動するひとつの節になります。
叫びの人物表現は、感情を顔で説明するのではなく、線そのものに感覚を宿らせることで成立しています。

絶望から叫びへ|1892年の原型と生命のフリーズ

1892年絶望との比較

叫びを美術史の流れのなかで捉えるなら、1892年の絶望を外すことはできません。
絶望は叫びの直接の原型であり、橋、フィヨルド、奥へ伸びる手すり、背景の人物という基本構図はすでにここでほぼ整っています。
サイズも絶望が92×67cmと、叫びの代表作として知られる1893年の国立美術館版の91×73.5cmに近く、発想の試作ではなく、主題の核がすでに成立していた段階の作品として見るべきです。

ただし、両作は似た構図を共有しながら、中央の人物の扱いで決定的に異なります。
絶望では、人物はまだ橋の欄干にもたれ、個人の心理を背負った存在として読めます。
顔や身振りは切迫していても、感情は一人の人間の内側に留まっています。
これに対して叫びでは、中央の存在はより単純化され、性別や個性を削ぎ落としたような形へ変わります。
前のセクションで見たように、その身体はもはや肖像ではなく、感覚の受け皿そのものです。
感情の提示も「この人が絶望している」から、「世界全体が震え、その震えを身体が受けている」へと移っています。

この差は、空と地形の描き方を見るといっそうはっきりします。
絶望から叫びへ続けて眺めると、風景の“心理化”が一段深く進んだことを、頭で理解するというより身体で感じます。
絶望ではまだ場所の気配を保っていた空と岸辺が、叫びでは感情の波そのものへ変質していく。
赤い空のうねりも、水面や地形の線も、自然描写という枠から外れ、内面を運ぶ器へ転化しています。
絶望が感情を抱えた人物の絵だとすれば、叫びは風景そのものが感情になってしまった絵です。

生命のフリーズ内の位置

叫びは単独の名画として切り出されがちですが、ムンク自身の構想に戻すと、生命のフリーズ(Frieze of Life)という連作の一部として理解したほうが筋が通ります。
この連作は、愛・死・不安を主題に、人間の生の全体を一連の場面としてたどろうとした試みでした。
恋愛の陶酔や嫉妬、病や喪失、そして存在そのものを揺るがす不安が、別々の作品でありながら相互に響き合うように配置されています。

その文脈に置くと、叫びの不安は、突然現れた奇抜なイメージではありません。
愛が結びつきであると同時に拘束にもなり、死が終わりであると同時に生の輪郭を露出させるように、ムンクの連作ではどの主題も心理の深部へ通じています。
叫びはそのなかで、個別の物語を超えて、不安という感覚を最も裸の形で押し出した位置にあります。
人物が誰なのか、何が起きたのかを説明しないのは、この作品が事件の記録ではなく、存在の震えそのものを示す場だからです。

生命のフリーズの他作と並べると、叫びの孤立感も違って見えてきます。
恋愛を扱う作品では他者との結びつきが前面に出ますが、叫びではその結びつきがほとんど断ち切られ、世界と一対一で向き合う裸の神経だけが残る。
だからこそ、この作品は連作の外にある例外ではなく、愛から死へ、不安から孤独へと連なるムンクの主題を凝縮した一点として読めます。

象徴主義と表現主義の接点

美術史上の位置づけで言えば、叫びは象徴主義と表現主義のあいだに橋をかける作品です。
象徴主義は、目に見える現実をそのまま再現するより、主観や観念、精神的な内容を優先して形にしようとしました。
ムンクの作品もこの流れのなかで、愛や死、不安といった目に見えない主題を、人物や風景に託して描いています。
叫びの空や水面が自然描写を超えて感情の媒体になっているのは、まさに象徴主義的な発想です。

一方で、この作品は観念を静かに暗示するだけでは終わりません。
線はうねり、色はぶつかり、形は歪み、内面の圧力がそのまま画面へ押し出されています。
この「感情の強度を、形と色の変形として露出させる」態度は、のちの表現主義へ直結します。
つまり叫びは、象徴主義の主観性を受け継ぎながら、それをもっと切迫した造形言語へ押し広げた作品です。

ムンクが後の表現主義の先駆として語られるのは、この接点に立っているからです。
思想や感情を象徴で示すだけなら、まだ19世紀的な内省に留まります。
そこから一歩進んで、内面の揺れが画面全体の線や色を変形させるところまで行ったとき、20世紀の表現主義が始まります。
絶望から叫びへの変化は、その移行を一枚ずつ追える貴重な場面でもあります。
同じ橋、同じ空、同じ不安の気配を持ちながら、後者では世界が人物の感情を映す背景ではなく、感情そのものとして脈打ち始める。
ここに、叫びが単なる有名作を超えて、美術史の転換点として残り続ける理由があります。

叫びは1枚ではない|1893年・1895年・1910年の違い

叫びは単独の一枚として記憶されがちですが、実際には複数のヴァージョンがあり、見比べると同じ図像の反復では済まない差が見えてきます。
混同が起きやすいのは、制作年が近く、しかも所蔵先がオスロ国立美術館系とMUNCHに分かれているうえ、技法表記にも揺れがあるためです。
よく参照される絵画版4点に加え、図像の流通を決定づけた1895年のリトグラフを分けて整理します。

1893年 国立美術館版

もっともよく知られているのが、1893年のオスロ国立美術館版です。
サイズは約91×73.5cm、支持体は厚紙です。
技法はこの作品でいちばん迷いやすい点で、一般にはテンペラとクレヨンを軸に説明されますが、資料によってはカゼインを含む表記も見られます。
ここは通俗的な言い回しで固定せず、館の現在の作品表記を最終基準に置くのが整理としては正確です。

この版が特別なのは、単に「有名だから」ではありません。
画面の密度とサイズの大きさが結びついて、橋の手すりの斜線、空の赤い帯、人物の輪郭が一体となって迫ってくるからです。
約91cmという縦寸は、実物の前に立つと図版で受ける印象より伸びがあり、視線が上に引かれます。
鑑賞距離を一定に保って1895年のパステル版と比べると、この1893年版では空が上から覆いかぶさってくる圧力が強く、人物の不安より先に画面全体のうねりが身体に入ってきます。

1893年 MUNCH版

同じ1893年には、現在MUNCHが所蔵する別ヴァージョンもあります。
こちらは約74×56cmで、支持体は同じく厚紙です。
技法はクレヨン中心で語られることが多いものの、テンペラ系の要素を含めて説明されることもあり、この版もまた技法名を一語で断定しにくい作品です。

サイズ差は見逃せません。
国立美術館版よりひと回り小さいため、同じ構図でも受ける印象が変わります。
こちらでは空や水面のうねりが「画面全体を押し込む力」として広がるというより、線そのものの神経質さが前に出ます。
図像の骨格を確かめるにはむしろこちらのほうが向いていて、叫びのモチーフが大画面の迫力だけで成立しているのではなく、線と色の緊張で成立していることがよくわかります。

1895年 パステル版

1895年のパステル版は、約79×59cm、支持体は厚紙、所蔵は個人蔵です。
2012年には1億1990万ドル(119,922,500ドル)で落札され、市場史の文脈でも著名になりました。
ただし、この版の価値は落札額より、絵画としての質の違いにあります。

(出典例: The Scream 解説(Wikipedia)および MUNCH博物館の所蔵・解説ページ

この版では、額縁に記された詩文との関連もたびたび語られます。
前に触れた日記の一節と響き合う内容が、作品を単なる反復ではなく、ムンク自身が主題を言葉と像の両方で練り直した痕跡として見せています。

1895年 リトグラフ

1895年にはリトグラフも制作されました。
ここでのポイントは、絵画の一変奏というより、叫びの図像を広く流通させた媒体だったことです。
刷り数は約45点とされ、この主題が限られた一点物の絵画から、反復可能なイメージへ移る節目になりました。

リトグラフでは、絵画版にある色彩の圧力より、線の構造がむき出しになります。
橋の斜線、顔を囲う輪郭、背景の波打つ線が整理されることで、叫びの強さが色だけでなく記号化に耐える構図から生まれていることが見えてきます。
今日このイメージがポスターや教科書、さらには大衆文化のなかで独立して機能するのは、この版画化の段階があったからだと考えると腑に落ちます。

1910年 MUNCH版

後年の再制作として位置づけられるのが、1910年のMUNCH版です。
支持体は厚紙で、所蔵先はMUNCHです。
この版は、1893年作の単純なコピーではなく、時間を経たムンクが同じ主題をもう一度描き直したものとして見るほうが筋が通ります。

注目したいのは、色面と線の扱いです。
初期の版に比べると、線の震えが別のリズムを持ち、色の置き方にも後年らしい整理が見えます。
1893年版の切迫した即時性に対して、1910年版には主題を知り尽くしたうえで再構成した感じがある。
だからこそ、この版を混ぜてしまうと叫びの印象全体がぼやけます。
ムンクは同じ図像を繰り返したのではなく、同じ不安を別の時点の感覚で描き直していた、と見たほうが作品群の違いを捉えやすくなります。

一覧比較表

版の違いは文章だけでも追えますが、年・技法・支持体・サイズ・所蔵を並べると混同が減ります。

作品媒体/技法支持体サイズ所蔵注記
叫び国立美術館版1893年テンペラ、クレヨン系(館表記で最終確認)厚紙91×73.5cmオスロ国立美術館もっとも著名なヴァージョン
叫び MUNCH版1893年クレヨン、テンペラ系(館表記で最終確認)厚紙74×56cmMUNCH小ぶりで線の緊張が前に出る
叫びパステル版1895年パステル厚紙79×59cm個人蔵額縁の詩文との関連、2012年落札で著名
叫びリトグラフ1895年リトグラフ複数所蔵刷り約45、図像流通の核になった版画
叫び MUNCH版1910年絵画作品(館表記で最終確認)厚紙MUNCH後年の再制作、色面と線に差異がある

💡 Tip

叫びの技法表記は、通称で覚えるよりも所蔵館の現在表記で押さえると混乱が減ります。とくに1893年の2点は、同年作で構図も近いため、サイズと所蔵先をセットで覚えると判別しやすくなります。

赤い空は何を意味するのか|クラカトア説と真珠母雲説

クラカトア噴火の影響説

叫びの赤い空については、まず自然科学の側から説明する説があります。
よく挙げられるのが、1883年のクラカトア噴火で大気中に広がった微粒子が、その後しばらく各地で異様に赤い夕焼けを生んだという見方です。
北欧でも赤みの強い空の記録が残っており、ムンクが見た空の印象と結びつけて考える筋道はあります。

この説の魅力は、作品の空を単なる象徴ではなく、当時の現実の空の記憶に接続できる点です。
ムンクが見た「血のように赤い」空という言葉づかいも、噴火後の散乱光がつくる異常な夕景を連想させます。
実際、夕焼けの実景を思い浮かべながらこの絵を見ると、自然観察の延長として受け取れる部分はたしかにあります。

ただ、絵そのものを見ると、空は気象現象の記録にとどまっていません。
赤は空の上部だけに置かれているのではなく、画面全体へ圧力のように広がり、橋や人物の輪郭まで侵食してきます。
実景の再現というより、見た空が神経に触れたときの感覚まで変換されている。
そう考えると、クラカトア説は有力な背景説明にはなっても、それだけで画面の迫力を言い切ることはできません。

真珠母雲(ナクル雲)説

もうひとつ注目されるのが、真珠母雲、つまり極成層圏雲をモデルにした可能性です。
これは真珠の内側のような光沢を帯びる珍しい雲で、ナクル雲とも呼ばれます。
ノルウェーで観測されることがあるため、ムンクがこうした異様な空を目にしていたとしても不自然ではありません。

この説が面白いのは、叫びの空が単純な夕焼けの赤だけではなく、帯状にうねりながら層を成している点とよく響き合うからです。
真珠母雲は、ふつうの雲の写生では出にくい、発光しているような色の揺れを見せます。
叫びの空にも、燃える赤と冷たい青黒が同時に居座る独特の不穏さがあり、その混在はこの種の珍しい雲を連想させます。

もっとも、この見方にも慎重さは必要です。
作品の空は雲の形を正確に写し取ったというより、見えたものを強く変形した線の運動として描かれています。
珍しい気象現象が出発点だった可能性はあるにせよ、ムンクの画面では観察結果がそのまま保存されているわけではありません。
自然現象の候補として筋が通っていても、決定打として扱うと作品の表現そのものを狭く読んでしまいます。

心理的体験の視覚化

赤い空をもっとも深く説明するのは、やはり心理的体験の視覚化という読みです。
ここでの空は「何を見たか」の記録である以上に、「どう感じたか」を色と線に圧縮したものとして立ち上がっています。
ムンクの作品世界全体を見ても、不安、孤独、死の気配のような内面は、しばしば人物の表情だけでなく、背景そのものに染み出してきます。

実際に叫びを前にすると、夕焼けの記憶に似ているかどうかよりも、色が身体へ押し寄せてくる感覚のほうが先に来ます。
見た空を思い出すというより、赤が胸のあたりまで迫ってくる。
あの空は、目で眺める風景というより、神経を通って内側に入り込んでくる出来事として描かれているように感じられます。
だから中央の人物だけを切り出しても、この絵の核心には届きません。
空と水面と橋の線まで含めて、不安が画面全体に伝染しているからです。

その意味では、クラカトア説も真珠母雲説も、作品の入り口としては成立しますが、核心は別の場所にあります。
自然の異変がきっかけだったのか、珍しい雲の印象が残っていたのか、あるいは両方が重なっていたのかは断定しきれません。
けれど叫びの赤い空が強く残るのは、自然描写と感情表現が分かれていないからです。
空が赤かった、という事実より、自然と感情が同じ震え方をしている。
その一致こそが、この作品の空を忘れにくいものにしています。

盗難、書き込み、ポップカルチャー|叫びが20世紀以降も生き続ける理由

盗難年表

時系列で見ると、まず1994年にオスロ国立美術館所蔵の1893年版が盗難に遭い、ついで2004年にはMUNCH所蔵の別ヴァージョン(と他のムンク作品)が盗難に遭いました。
いずれも後に回収され、修復等が行われています。
興味深いのは、盗難の対象になったのが抽象的な「ムンク作品一般」ではなく、誰もが一目で叫びとわかるあの図像だったことです。
橋、赤い空、顔を押さえる中央の存在という組み合わせは、原作を見たことがない人にも通じるほど定着していました。
だから事件は、作品の所在をめぐるニュースであると同時に、あのイメージがどれほど深く大衆の記憶に入り込んでいたかを逆照射する出来事にもなりました。

鉛筆書きの筆跡確認

叫び国立美術館版の左上にある鉛筆書き「狂人にしか描けない」と読める一文は、長く真偽が議論されてきました。
所蔵館は2021年にこの筆跡がムンク本人のものと確認したと発表しており、受容史の理解に影響を与えます(出典例: National Museum of Norway の発表、報道)。
この確認が示したのは、センセーショナルな逸話の追加ではありません。
むしろ、当時の受容のきしみが画面の内部に残っていた、という事実です。
ムンクは初期からしばしば激しい反応にさらされ、叫びのような表現は、今日のように「近代美術の象徴」として迎えられていたわけではありません。
「狂人にしか描けない」という言葉が本人の手になるものだとすれば、それは外部から向けられた批判を、ムンクが皮肉や痛みを込めて作品の上に引き受けた痕跡と読めます。

ここで効いてくるのは、書き込みの位置です。
大きく誇示される場所ではなく、画面の隅にひそむように入っているため、最初からメッセージとして前面化したかったというより、作品を取り巻く視線を自分で記録してしまった気配が濃い。
叫びは不安や恐怖を描いた絵として語られますが、この鉛筆書きが加わると、そこに「この絵を描いた自分はどう見られているのか」という自己認識まで重なってきます。
自然の叫びを受け止める画面に、社会のまなざしまで沈着しているわけです。

大衆文化と図像の拡散

叫びが現代でも衰えない知名度を持つのは、美術館の壁の中だけにとどまらなかったからです。
拡散の起点としてまず押さえたいのが、1895年のリトグラフです。
絵画の単独作品としてではなく、刷りによって図像を流通させる回路ができたことで、あの顔とあのポーズは再生産可能なイメージになりました。
約45点の刷りが存在するとされるこの版画は、叫びを「唯一の原作」から「複数の場で反復される図像」へ押し出した役割が大きいです。

その後、この図像は映画、広告、ポスター、キャラクター表現のなかで繰り返し引用されます。
顔に手を当て、口を縦に開き、驚愕や恐怖を一瞬で伝える記号として機能するからです。
Unicode のFACE SCREAMING IN FEAR、つまり😱も、その系譜のなかで理解すると腑に落ちます。
コードポイントはU+1F631、Unicode 6.0 で追加されたこの絵文字は、今日ではショック、恐怖、驚きの即時的な反応を表す記号として定着しました。

ただ、実作と😱を見比べると、ここには面白い落差があります。
日常で流通しているのは「叫ぶ人」のアイコンですが、原作が突きつけてくるのは、前述の通り「自然の叫び」に圧倒される存在です。
絵文字は感情を短く圧縮した便利な記号で、映画や広告も同じ圧縮を利用します。
その反面、原作のほうは顔だけで閉じず、空、水面、橋の斜線まで巻き込んで世界全体が鳴っている。
あの絵を実際に見ると、ポップカルチャーが拾い上げたのは図像の一部であり、作品の核心は背景のうねりのほうにあると気づかされます。

それでもなお叫びは、引用されるたびに痩せるのではなく、むしろ元の作品へ視線を戻させる力を保ってきました。
だれもが知る記号になったからこそ、本物を前にしたときの違和感が際立つのです。
知っていたはずの「叫ぶ顔」が、じつは世界の振動を受け止める存在だったとわかる。
その発見の余地が残っているかぎり、叫びは単なる名画ではなく、何度でも現在に回収される図像であり続けます。

まとめ|叫びは不安そのものを可視化した作品

要点の再整理

叫びは、顔をゆがめた人物の感情表現として見るだけでは届かない作品です。
読むべきなのは、中央の存在そのものより、空と水面のうねり、橋の斜線、距離を取る二人まで巻き込んで、自然と人間の境界が崩れていく不安のかたちです。
日記と原題、複数版の違い、絶望からの展開、生命のフリーズ、赤い空をめぐる複数の説をたどると、この絵が「叫ぶ人物画」ではなく「不安そのものの図像」であることが見えてきます。
展覧会では、音声ガイドを聞く前にこうした見るポイントを頭に入れてから作品の前に立つだけで、最初の視線が顔ではなく画面全体へ向かい、受け取り方が一段深くなります。

次に作品を見るなら、背景の二人、橋の斜線、空と人物のうねりがどう連動しているかを意識してください。
あわせて、ムンクの関連作(たとえば絶望不安マドンナ病める子)を所蔵館の公式ページや信頼できる概説で並べて比較すると理解が深まります。

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美の回廊編集部

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